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ようやく迎えた静かな週末。お気に入りのブレンドティーでもいれて
ロンドンのアンティーク街をふらり散策する気分で読んでみてください 。

倫敦骨董市場
ロンドン・アンティーク・マーケット

(初出/THE GOLD 2002年5月号) 撮影/岩本朗

ふとしたことでオールドノリタケという洋食器の存在を知った。それは明治から大正、昭和初期にかけて、日本国の産業としての使命を背負って遙かな海を渡った洋食器のことであり、まだコーヒー文化もティー文化も定着していない日本の絵付け職人たちが無手勝流に励んだ欧米文化へのけなげな挑戦の証でもあった。
私はやみくもに、そんな愛すべき洋食器との出会いを求めてロンドンのアンティーク・マーケットに足を踏み入れた。もしかしたら輸出用につくられた特別なカップやプレートたちが、古きものを愛する伝統の国、イギリスのマーケットになら並んでいるかもしれないという淡い期待を抱いて 。

<エンジェル界隈>
カムデン・パッセージの路地に
ヴィクトリアンの優美なカトラリーがまばゆい

東京でのずぼらな日々なら、まだ最後の眠りにしがみついている明け切らぬ空の下、私はカムデン・パッセージの小道に立っていた。ロンドンのアンティーク・マーケットの朝は早い。いい出物は早朝にディーラーが物色してしまい、観光客が押し寄せるころには、がらくたしか残っていないという噂。私は時差ボケの勢いを借りて意気揚々とホテルを後にした。
カムデン・パッセージは人気の住宅地エンジェル地区にある小さな通りだ。木曜と土曜にアンティーク・マーケットが開かれる。時計は八時前。どんよりと空は低い。すでに界隈は二階建の赤いバスの往来と通勤の人々がつくりだす活気に包まれているが、マーケットの店々はシャッターを下ろしたまま意外にも静まり返っている。下見を兼ねてうろうろしていると、道端に風呂敷をしいたロンドン風「寅さん」が気さくに声をかけてきた。ロンドン・マーケット初体験の私は、その声におずおずと黒い布をのぞきこんだ。そこには久しく開けられることがなかった引き出しをひっくり返したような、意味不明の小さなものが寒々と並んでいた。ひやかしにカメラを向けると、寅さんの表情はたちまちこわばり「ギブミー マネー」。ことばのおぼつかない私にもわかる衝撃のひと言だった。買わない客に愛想は禁物ということらしい。いわくありげな寅さんの真剣さだけがひしひしと伝わってきた。
ヴィクトリアンのカトラリーを見つけたのは、狭い路地の店だった。六畳間ほどの店内に、ぎっしりと並んだカトラリーは丁寧に磨かれていて誇り高く身をそらせているように見えた。産業革命をリードしたイギリスが、繁栄の頂点を極めたヴィクトリア女王の時代(1837〜1901年)に愛された品々。どこか女性的な優美さも漂う繊細で愛らしいシュガースプーンやバターナイフの数々。「この時代、フォークやナイフも見て楽しむものだったの。12ピースセットはとても貴重なのよ」と愛犬と共に店を守るレイションさんは白い歯をのぞかせる。立ち往生していたせいか、私の目には丹念に細工された銀色はことさらまばゆく、柄の部分のマザー・パールはふっくら、ひときわ温かく映った。
華やかさとぬくもりの調和。そして手仕事の味わい。裾を引きずるような長いドレスを着た女たちが、このフォークを使って果物やケーキを楽しむ姿に思いをはせながら、私はほんの少しアンティークの魅力の門をくぐった気がした。

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