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2008年2月11日より、日経新聞最終面の文化欄に10日間の連載をさせていただきました。 新聞記事をサイトに転載することはできないため、部分を少し書き換えましたが、基本は原文のままです。

ムンク「叫び」

子どものためのアートの絵本の執筆をきっかけに、子どもと名画をつなぐささやかな活動を続けてきた。合い言葉は「名画は遊んでくれる」。以下は子どもと名画についての日々の感想を伝えるために選んだ、私の十選である。(統計に基づくものではありません。)
子どもたちは、いかなる巨匠の作品も臆することなく素早く深く吸収する。一枚見ただけで作風の全貌を理解するのだろうか、画家の別の作品を見て「あっ、○○の絵」と声を上げたりする。そして作品に刺激され、思い思いの表現を試みる。この触発力こそ名画が名画たるゆえんなのだ。
ご存じ「叫び」。<実存の恐怖>と長く語られてきた作品だ。叫びの正体を想像しながら絵を描こうと、小学生新聞の私のコーナーで子どもたちに呼びかけてみた。驚くことに一週間の間に全国から届いた五百程の絵の中で一番多かったのが「きゃー、かつらが飛ぶー」という叫びだった。風が、猫が、盗人がかつらを奪い去っていく。傍らには「楽しかった。またやりたいです」と律儀な感想が添えられている。大人の恐怖を笑いに変えてしまう子どもたちの智慧なのだろうか。あるいはお笑いの影響なのだろうか。美術史上の記念碑的作品も彼らにかかれば一緒に遊んでくれる愉快な友だちなのだと了解した。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」

不朽の名画も今やありふれた巷の一枚になってしまったと嘆くのは、凡庸な大人の感性に過ぎない。「モナ・リザ」の話だ。
この奥深い名画は、遊び心をくすぐる力を今も備えている。その魅力に気づいているのは、やんちゃな心を失わないアーティストであり子どもたちだ。
マルセル・デュシャンが彼女に髭を描き「L.H.O.O.Q」の題をつけ、傍らにモナ・リザを並べ「髭を剃ったL.H.O.O.Q」としたのは有名な話。いかにも現代アートの仕掛け人らしい仕業で愉快だ。
五百年間、無数の画家が彼女のパロディを描いてきた。それは何故か。「最も有名な絵だから」という短絡的な答えではこの絵の空恐ろしさに近づけはしない。感情を深読みしたくなる妖しい微笑。モデル諸説。風景に隠された謎…。最近では長年喪服だと言われてきた衣装が実は黒ではなかったという報告もある。
落書が大好きな子どもたちとモナ・リザの変身に挑戦した。今どきの不良娘や魔女、海賊や仏像にとすり替わる様は圧巻だった。気品を漂わせもすれば、あばずれにもなる。子どもたちは変容するその姿に触発され、没頭する。作品から夢中になっている彼らの顔まで見えてくる。
モナ・リザはそんな遊びをも許容し、なお魅力を放つ恐るべき底力の持ち主だと改めて思った。

ピカソ「ドラ・マールの肖像」

10年ほど前、海外で一度だけワークショップをやったことがある。借りきったパリのピカソ美術館に、フランス、イギリス、アメリカ、セネガル、日本の子どもたち20数名が集まった。ピカソが日本の子どもに人気があることは分かっていたが、海外ではどうなのかが気がかりだった。
「人の顔はひとつじゃないよね。あっち向きの顔と、こっち向きの顔。泣いた顔も怒った顔も皆同じ人の顔だからひとつに描いてみたら、さてどんな顔になるかな?」
説明をしながら促すと、絵をじっと見つめた直後からひとりひとり気に入った絵を模写しはじめた。幅広い表現のピカソ作品。好みはいろいろあれど、皆ピカソの作品と楽しそうに向き合っている。嬉しかった。
子どもは総じて人物画が好きだ。モネやゴッホの風景画に挑戦したこともあるが、楽しむ表情がまるで違う。そして人物画の中の極めつきがピカソの変な顔なのだ。
余談だが、この作品をはじめて見た時、「あっちむいてホイッ」をしていると思ったことを拠り所に、私はピカソ作品への導入を「あっちむいてホイッ」にしている。ピカソの作品の人気もさることながら、「あっちむいてホイッ」遊びは海外の子どもたちにも大受けで、日が傾くまで皆で笑い転げながら続けたものだった。


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